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2016年02月26日
     勝つ → 負ける(責めない)
 勝負には、勝たねばなりません。 私は、腕力がありませんので、力勝負はしませんが、もし、腕力があったなら、ケンカもしたことと思います。
 「倒されし竹はおのずと起くれども、倒せし雪は消えて跡なし」
 この言葉は、負けるが勝ちとでも言いましょうか。 相手を責めないことの大切さを、教えているのではないでしょうか。 責めることにより、自分で自分を痛めるのですね。

写真 以前のものです。
2016年02月25日
    憎む → いたわる
 妻に、「お父さんによく似ていますよ!」 と言われ、ショックを受けました。 父が好きになれない自分がいたからです。
 最近、自分でも、似ているとつくづく思います。
 産み育ててくれた両親から、肉体的にも精神的にも、多くのものを引きついているのですね。 両親より以前、祖先から引きついていることが考えられます。
 もし、マイナス面があるとすれば、その人だけの責任ではないと思うと、憎まれません。 いたわりの心で接しなければなりませんね。
2016年02月24日
    退化する → 進化する
 地球上の生物はみな、進化するか退化するかどちらかに向かっているというのです。
 では、自分はどうなのでしょうか? 退化ではたまりません。 進化したいものです。
 人間のその原因となる所が、心づかいにあるというのです。 それで、考え方を変えるに努力ということですが、これが難しいですね。 一度反省しても、時が立つと同じことでまた反省することを繰り返しています。
 それでも、何とか進化して、良い人生にしたいですね。
2016年02月23日
     不平・不満 → 自己に反省する
 不平・不満は、相手があってのことです。 相手を変えようとしても、それは難しいことですね。
 不平・不満にとらわれていますと、それ以外のことにも悪い影響を与えてしまいます。
 このようなことにご縁ある自分を反省して、多くの感謝をしなければならないことに目を向けて、報恩の努力をしたいものです。
2016年02月21日
     高慢 → 謙虚
 中村久子さんの反省を紹介します。 昭和12年、ヘレン・ケラー女史とお会いした年、40歳の時の反省です。

 見世物芸人として、生きてきた人間が、いまは人さまの前に立って講演をするようになったのです。久子は、いつにまにかいい気になっている自分に気がつきました。
(なんといういやな自分であろうか)
 久子はいつのまにか思いあがっていた自分がはずかしくなりました。
   (中村久子の一生 いのちありがとう  瀬上敏夫編著より)

 人間、いつの間にか高慢になってしまいます。 この反省ができないように思います。
 
 
2016年02月19日
     苦難 → 人生の試練
 突発性脱疽という病気で、満二歳の時に両手両足をうしなった中村久子さんの言葉、
  『私を真実救ってくれたのは、手足のない私の体であった。』
 また、法学博士廣池千九郎先生の言葉、
  『我、幸いにして病を得たり。』

 どちらの言葉も、苦難を乗り越えられた言葉には、驚かされます。
 どういうことか、これから学びたいと思っています。

写真 お店の前道路の側溝の入れ替え工事中です。
2016年02月17日
     催促する → 催促しない
 貸してあげた本が、 返ってきません。
 「本を貸すバカに、返すバカ。」 と聞いたことを、思い出しました。
 無くしたくない本に、「持ち出し禁止」 のハンコを押すことにしました。(写真)
 貸した本の催促は、しないことにしました。
2016年02月16日
     出来る → そんなに出来ない
 よその人には出来るのに、自分には出来なくて、悩み苦しむときがあります。
 それは、力仕事で考えると、力のある人は 10 出来る人もあれば、2 か 3 しかできない人もありますよね。 それと同じだと思います。
 同じことが、出来ないこともあります。 無理できないのです。
 それは、許してくださるものと思います。 助けてくださいます。
2016年02月15日
    すぐ泣く → 感受性が強い
 「すぐに泣かないの。」 「男は泣かないの。」 泣きたい時に思い浮かぶ言葉です。
 泣きたい時に泣いていいですよね。 感受性が強かったら、泣きたくなる時がたくさんありますよね。
 泣きたい時には、我慢しないで涙を流しましょう。 涙で流れるほど流しましょう。
2016年02月14日
    ない → ある ある ある
 合掌に二重まる 心に満点 ~「ある ある ある」の世界に生きた、母・久子の四肢のない人生~ という本の中に、
 「手足がないのではない、手はこちらはここまでしか、ここからこっちはないけれど、ここから上はあるではないか、足も膝から上はあるではないか」、「ある ある ある」 と思ったときに、大きな喜びに変わったそうです。 
と、あります。

 私にも、確かに、いろいろと 「ある ある ある」
2016年02月12日
    甘えない → 甘える
 「最近の若者は 甘えない」 と、先輩に叱られたことがあります。
 もっと近づき、指導を受けなさいということです。 厳しい先輩には、近寄りがたいものがありましたが、忘れられない一言です。
 私の父親も、厳しいものがありました。 褒められた記憶がないのです。
 もっと甘えて褒められたかったのにと、今でも思っています。
2016年02月11日
    過去の不満が出る → 許す
 過去の不満が出てしまう時があります。 それは、許せていないからではないでしょうか。
 自分は間違っていないと思って努力していても、多くの所で許されて、生かされていると思うと、不満を引きずることは、捕らわれの心が大きく、前進の障害になりますね。
 十分にそのようなことの無いように、気を付けたいと思います。
2016年02月10日
    身潤金 → 身潤徳 (徳は身を潤す)
 私は20代の時、もっと収入を得たいと転職をしたことがあります。
 写真の書に出会いまして、考えさせられました。 自分は、拝金主義・花さかじいさんの中の欲ばりじいさんになっていたのです。
 この書は、法学博士廣池千九郎先生の遺墨です。自分でケヤキ板に刻字をして、毎日目に留まる所に掲げています。その後からは、宝くじを買っていません。(宝くじを買うお金がありません。(ー_ー)!! )
 
2016年02月09日
     心配の言葉をかけない → 褒める言葉をかける
 20代の時にセールスの経験をしました。 お客さんに会って、目を見て初めの一言で、勝負が決まるように感じます。
 人との出会いに、どのような言葉をかけるか、気を付けたいものです。 つい、「顔色悪くない?」などと、心配を口にすることがありますが、相手が元気の出る言葉ではないからです。
 相手は思いやりのつもりでも、声をかけられたこちらでは、思いやりでない時もありますよね。
2016年02月08日
     腹が立つ → 感謝する
 こちらの質問に対して、愛想の無いつっけんどんな返事が返ってきて、少し腹が立ち、 「そんな言い方はないだろう。」と内心思ってしまいました。
 待てよ! 腹を立ててはいけない。 感謝で受け止める。

 無事に切り抜けました。

 午後に本を読んでおりますと、次の文章がありました。
 「何か嫌な目にあった場合でも、もしかするとそれ以前に、自分の感謝や気づかいが足りなかったのかもしれません。」 と、ありました。 
 反省させられました。

写真 燃えるごみの中には、ご馳走があります。(カラスの奥にスズメが二匹)
2016年02月07日
    欲の深い心 → 人の幸せを祈る心
 よくスーパーに買い物に行きます。
果物・野菜・豆腐・・・ どれが大きいか目で探してしまいます。
上にあるものを取ればいいのですが、この心が取れません。
自分の娘が店員で、品揃いをしていると思って、ようやく手前 上にあるものをいただくようにしています。
 店員さん、どうぞお幸せに。
2016年02月06日
    雪が解けたら水になる → 雪が解けたら春になる
 この言葉は、幼稚園の先生が、子供の答えに驚いたということです。雪が解けたら水になる以外に、考えられなかったのでしょう。
 昨日(2月5日)、友人から年賀状が届きました。(お年玉番号は、はずれのものです。笑) 紹介します。

 2016年 申(猿)年おめでとうございます。
人側に申と書くと伸びる。少しでも能力を伸ばしたいものです。小生、能力を伸ばしたいと思っていても、伸びているのはウエストのみ、これが本当のウエストサイズストーリーです。
 
 大好きな友人からです。
 こんなユーモアを持ちたいです。
2016年02月05日
    差別する心 → 共感の心
 どんな人でも (認知症の人でも) 自分が差別されているなと感じる心があります。 自分は差別されているなと思うと、人間関係にひびが入っていきますね。
 困ったことは、差別しているという意識が大変薄いのではないでしょうか。 差別している気持ちがないのに、差別しているときがあるのではないかということです。
 そのようなことが無いように、共感する心を育てたいです。
2016年02月04日
    自分中心 → 相手中心
 相手中心といいましても、悪徳の人を除いてですが、相手の幸せを考える相手中心に考えるようになれたならいいですね。
 どうしても自分中心に考えています。自分の考えで発言しているものですから、行き違いが生じてしまいます。
 相手が納得いかない様子の時は、こちら側が自分中心なのですね。
2016年02月03日
     憎む心 → いたわる心
 やっつけてしまいたい相手に対して、こちら側がどう思うかが、勝敗の分かれ目なのですね。 たとい相手を責めて買ったとしても、良いものは残らないでしょう。自分自身もマイナスになることが大きいようです。
 相手の生い立ちなどを考えて、かわいそうな人といたわる心になれたならと思います。
  
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